Step 4 出発前にコースをなぞる

予習クイズ ちょっと予習クイズ

ユキがケンタに聞きました。

次の山行に向けて、前夜にやることって何?

えーと、おにぎりと水筒の準備?

それは大事。ほかには?

お菓子とレジャーシートとバナナ!

遠足か!

大丈夫。Step 4 を読み終わるころには、出発前夜にやる読図の準備を、自分の手で進められるようになります。

「地図は、山に入る前から使う道具」── プロローグで出てきたこの合言葉が、この章で具体的な姿になります。

それが Step 4 のゴールです。


Step 1〜3 で、地図とコンパスの基本は手に入りました。等高線が読めて、整置ができて、コンパス123 で進む方向が出せる。

ただ、これらを山の中だけで使うのは、もったいない使い方です。読図でいちばん効くのは、実は山に入る前 ── 出発前夜の机の上の時間だったりします。

Step 4 では、明日の山行に向けて、家で何をするかを見ていきます。


ユキ、ケンタの家へ

本宮山ウォーキングセンターから表参道を登った前回の山行から、2週間後。

ケンタは次の山行の準備をしている。今回はユキと相談して、同じ本宮山だけど、北側のくらがり渓谷ルートから登ることにした。表参道とは反対側、岡崎市側からの入山。往復約14キロ・標高差約550メートル・コースタイム4時間半。基本は舗装された林道の一本道で、道迷いリスクは低めだけど、距離が長いぶん体力配分の計画が必要なルート。

同じ山でも、ルートが違うと別の山みたいだよ

そう言って、ユキは前夜にケンタの家にやってきた。机の上に、ふたりぶんの地形図と、ペン、コンパス、ノートを広げる。

明日のコース、一緒に読図の準備しよう

ケンタは少し意外そうな顔をした。

明日の朝、現地で見るんじゃダメなんですか?

現地で初見だと、頭が追いつかないよ。特にこういう、初めて行くルートは


1. コースを目で追う

ユキは指で、地図のくらがり渓谷登山口から山頂までを、ゆっくりとなぞっていく。

まず、出発地点から山頂まで、指で1回トレースする。これだけで明日の登りが半分頭に入る

ケンタも自分の地図で同じことをやってみる。指を地図の上で動かしながら、どこで急になるか、どこで分岐があるか、ぽつぽつと声に出してみた。

ここ、等高線が混んでる。急そう

あ、ここで道が二股になってますね

馬の背平っていう分岐。ここで林道側か、尾根道側か選べる。明日は林道側で行こう

なんで林道?

ケンタは初めてのルートだから、迷いにくい方。慣れたら尾根道もアリ

あ、コースタイムってどう見るんでしたっけ

ユキは地図の凡例を指差した。

山と高原地図なら、各区間に時間が書いてある。地形図には書いてないから、自分で見積もるか、コースタイムが書いてあるアプリと併用

Step 2 で扱った ナビゲーションサイクル(先読み → ルート維持 → 現在地把握) ── あの「先読み」は、実は山に入る前から始まっています。

机の上で1回コースをなぞっておくと、明日の山中で「あ、ここか」が連続して訪れます。逆に、机の上で何もしないで現地に立つと、すべてが「初見」になり、判断スピードが落ちる。

地図は、山に入る前から使う道具。ここでいう「使う」は、リュックに入れることではなく、机の上で開いて指でなぞること。

これが、いちばん地味で、いちばん効く読図の準備です。

慣れてくると、コースをなぞりながら 危ない場所も先回りして分かるようになります。等高線がギチギチに混んでいる急斜面、沢の出合い(増水時に注意)、痩せ尾根(風と高度感)、地図記号の「岩崖」「土崖」など。出発前夜にこれらをマークしておけば、現地で「予想していた」状態で歩くことができます。

出発前夜のコース確認イメージ


2. 磁北線を引く

次に、地図に磁北線(じほくせん)を引く

あ、Step 3 で出てきた…

そう。コンパス123で使う、コンパスが北を指す線のこと。

ユキは定規とペンを取り出して、自分の地図に細い線を何本か引いていった。地図の縦の線(経線)から、わずかに左に傾いた角度で。

この傾きって、どれくらいなんですか?

東三河だと、だいたい西に7度。地域によって少しずつ違う


地図に書いてある「北」は、地球の自転軸に基づいた 真北。

一方、コンパスの磁針が指す「北」は、地球の磁場に基づいた 磁北。

この二つは、完全には一致していません。日本では、地域によって 5〜10度 程度、磁北の方が西にズレています(西偏)。東三河あたりは約7度の西偏。

このズレを無視して地図とコンパスを使うと、長距離になればなるほど、目的地から大きく外れます。だから出発前夜に、地図上に 磁北線(じほくせん) を引いておく ── 地形図の真北を基準に、西へ7度傾けた線を、何本か並行に引く。これだけで、コンパス123 の精度がぐっと上がります。

国土地理院の地形図には、最新版だと磁北線が薄く印刷されているものもあります。なければ、自分で引く。地図アプリで印刷するときは、磁北線オプションをオンにする(カシミール3Dで等高線を立体に見る 参照)。


3. コースタイムと余裕

次、時間。明日のスタートからゴールまで、何時間かかりそう?

ケンタはアプリと地図を見ながら計算する。登り2時間半、休憩込み、下り2時間。

合計で5時間ちょっとかな

OK。それに、休憩・写真・万一のトラブル分で、1.5倍くらい見ておこう

7時間半?

それくらい余裕を持って計画する。早く着くぶんにはいいけど、遅くなって日没にかかるのは絶対に避けたい

ユキは時計と日没時刻を確認した。

明日の日没が17時半。逆算すると、遅くとも10時には登り始めたい

地図やアプリに書かれているコースタイムは、健脚な成人が休憩なしで歩いた目安です。実際の山行では、休憩、写真撮影、地図確認、トイレ、思ったより急な区間 ── そういった要因で、目安より1.3〜1.5倍は時間がかかることが普通です。

特に、初心者を含むパーティ、雨の予報、初めてのルート、これらが重なると、もっと余裕が必要になります。

そして 日没から逆算する のが鉄則。日没後の山中は危険度が一気に上がります。ヘッドランプを持っているのは前提として、それでも明るいうちに下山できる計画を立てる。

日没3時間前には下山口に着く」── これくらいのバッファを、計画段階で確保しておきたいところです。


4. エスケープルートの確認

最後にひとつ大事なのを忘れずに。エスケープルート

えすけーぷ?

途中で何かあったら、どこで撤退できるか。これを事前に確認しておく

くらがり渓谷ルートには、途中に山小屋や別ルートへの分岐がある。ユキはそれぞれを地図上で指差して、「ここまで戻れば舗装路に出られる」「ここで右に下れば短縮できる」と、撤退の選択肢を口にしていく。

ケンタは聞きながら、自分の地図にもメモを書き込んでいった。


撤退の判断は、現地ではなく机で決めておくのが鉄則です。

理由は、現地に着くと「進める材料」(晴れた天気、好調な体力)に判断が引きずられるから。机の上で冷静に「ここでこういう状況なら撤退」と決めておけば、現地ではそれを「実行」するだけになります。

具体的に書いておきたいエスケープ条件:

  • 「○時を過ぎてピーク手前なら撤退」
  • 「天候が△△に変わったら撤退」
  • 「メンバーのうち一人でも明らかに疲労していたら撤退」

数字や条件で具体化する。これが、計画と感情を切り分ける唯一の方法です。

(五竜岳〜鹿島槍ヶ岳の引き返し で、私の撤退体験を詳しく書いています)


5. 地図アプリ・カシミール3D との併用

ユキは最後にスマホを取り出した。

紙地図の準備が終わったら、最後にアプリで補強

YAMAP (ヤマレコ又はジオグラフィカ)のアプリを開いて、明日のコースをダウンロード。オフラインでも使えるようにしておく。

電波が通じない場所でも使える。電池は切らないようにね

アプリだけで十分じゃないんですか?

補助。アプリは便利だけど、電池切れ・故障・水没のリスクがある。紙地図とコンパスが本体、アプリは補助。これは10年経っても変わらないと思う


最近の登山では、紙地図・コンパス・アプリ・カシミール3D ── これらを組み合わせて使うのが現実的です。

紙地図は、国土地理院のWebからダウンロードしたPDFを印刷するのが手軽。カシミール3Dで等高線を立体に見る を使えば、自分の歩くコースだけを切り出して、磁北線つきで印刷できます。コースに合わせた縮尺で1枚に収まるので、雨でも扱いやすい。

道具 強み 弱み
紙地図 + コンパス 電池切れがない、広い範囲を一目で かさばる、現在地は自力で出す
スマホ地図アプリ 現在地が秒で出る、ログが残る 電池切れ・水没・故障
カシミール3D(PC) 立体イメージ、印刷で磁北線入り地図 山中では使えない、PC必要

道具のひとつに頼り切らない、というのが大事な姿勢です。失われつつある危機管理能力 で、この話を少し深掘りしています。


Step 4 のまとめ

冒頭の問いに戻ります。

「次の山行に向けて、前夜にやることって何?」

やること 中身
① コースを目で追う 出発地点から山頂まで指でなぞる。先読みは机から始まる
② 磁北線を引く 真北と磁北のズレ(東三河で約7度西偏)を、地図に書き込んでおく
③ コースタイムと余裕 目安の1.3〜1.5倍。日没から逆算
④ エスケープルートの確認 撤退条件を「机で」具体的に決めておく
⑤ 地図アプリ・カシミール3D 紙地図とコンパスが本体、アプリは補助

地図は、山に入る前から使う道具。プロローグの合言葉が、これで具体的な5つの動作になりました。

明日の山行は、この5つを通っただけで、もう半分始まっています。


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Step テーマ
プロローグ 山の地図って、なんだろう?
Step 1 地図が立体にみえる
Step 2 地図を山に重ねる
Step 3 コンパスを相棒にする
Step 4(今ここ) 出発前にコースをなぞる
Step 5 体で動かして覚える
応用編 Step 6 なぜ人は道に迷うのか
応用編 Step 7 迷ったその瞬間、何をするか

机の上での準備ができたら、いよいよコンパス123 を山中で実際に使う場面に入ります。動画教材も交えて、コンパスが手に馴染むまでの練習法も。

寄り道(読み物として)


もっと深く学ぶ もっと深く学ぶ(中級者向け)

もっと深く学びたい方への、私の教材集です。初心者は飛ばしてOK、Step 5 へ進んでください。

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カシミール3Dで等高線を立体に見る


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