Step 5 体で動かして覚える

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ユキがケンタに言いました。

ケンタ、地図とコンパス、頭では分かったよね
なんとなくわかってきました!
じゃあ、明日山に行かなくても、今日から練習できるよ
え? 山に行かなくても?

大丈夫。Step 5 を読み終わるころには、家で・公園で・通勤路で、いますぐ始められる読図の練習が3つくらい思い浮かびます。

そして、プロローグで「地形図、なにこれ」と言っていたケンタが、5章を経てどう変わったか ── 自分の成長も、振り返れるようになります。

頭で覚えたことを、体に落とし込む。それが Step 5 のゴールです。


くらがり渓谷の駐車場で

本宮山くらがり渓谷ルートを下山して、岡崎市側のくらがり渓谷キャンプ場の駐車場に戻ってきた、午後3時。

ケンタは前回の表参道ルートに比べて、長い舗装路歩きと深い渓谷の表情に、新鮮な疲れを感じている。準備していたエスケープ条件には触れず、無事に予定通りの時間で下山できた。

ベンチに腰を下ろして、ユキはお茶を取り出した。

次の山行までに、何かできることないかな?
やっぱり、山に登らないと身につかないですよね?
そう思う?

ユキは少し首をかしげた。ケンタは、何か面白いことを言われそうな顔で、お茶を一口飲む。

読図の練習って、山に登ってる時間より、登ってない時間のほうが圧倒的に長いんだよ

Step 1〜4 までで、読図の基本は手元に揃いました。等高線が読める、整置ができる、コンパス123 が使える、出発前夜の準備ができる。

ただ、これらを 知っている のと、現場で使える のは別物です。

スポーツでいえば、ルールブックを読み込んだ人が、いきなり試合で動けるかというと、そうはいかない。素振り、ランニング、フォーム練習 ── 体に動きを染み込ませる時間が必要です。

読図も同じです。山に行かない日にできる練習を、地味に続ける ── これが、現場で使える読図に変わるいちばんの近道です。


練習1:自分の歩幅を測る ── 距離が体感に変わる

まず、ひとつめ。自分の歩幅、測ったことある?
歩幅……ですか?
ふつうに歩いて、1歩で何センチ進むか

ユキはケンタを連れて、駐車場の白線まで歩いていった。10メートルの距離を、ペースを変えずに普通に歩く。

 

じゃあ、ここから向こうの白線まで、ふつうに歩いて、何歩か数えてみて

ケンタは数えながら歩いた。15歩。

 

ケンタの歩幅は、約67センチ。これを覚えておくと、地図上で『あと200メートル』が、すぐに『約300歩』に変換できる

伊能忠敬と交会法 で、彼が自分の歩幅を69センチに固定する訓練を積み、それで日本中の距離を測った話を書きました。

歩幅を意識する習慣は、現代の登山者にもとても役立ちます。

  • 平地で1歩 約65〜75センチ(個人差あり)
  • 登りでは歩幅が短くなる(約50センチ前後)
  • 下りでは歩幅が伸びがち、または狭くなる(地形次第)
  • 急斜面・岩場では当然短く

自分の平地の歩幅を一度測っておくと、地図の縮尺と歩幅で「あと何歩で着く」がぼんやりと体感できるようになります。

距離が「数字」から「体感」に変わる ── これが、地図の世界が一段リアルになる瞬間です。


練習2:コンパスで三角形を歩く ── 部屋でも公園でもできる

ふたつめ。コンパス使い方練習シート
あ、Step 3 で名前だけ聞いたやつ
豊川山岳会の伝統。やり方はとても簡単

ユキは紙とペンを取り出して、簡単な図を描いた。

机の上に、三角形を一つ描く。各辺の長さは、5歩、5歩、5歩

ケンタは描かれた三角形を見る。

コンパス123 で、最初の辺の方向を出して、5歩進む。次の辺の方向を出して、5歩。最後の辺で5歩。ちゃんと出発点に戻ってきたら成功
えっ、それだけ?
最初は5歩でいい。慣れたら10歩、20歩。歩数を増やすほど、ズレが拡大して、自分の癖が見えてくる

ケンタはペンで三角形をなぞりながら、想像する。コンパスを向けて、進行線の方向に歩く ── これを3回繰り返すだけ。


豊川山岳会で長年使われているコンパス練習シートは、三角形からはじめて、四角形、五角形、六角形 ── と図形を増やしていきます。

辺が増えるほど、各辺で角度を出す精度が問われます。少しのズレが、最後の辺で大きく蓄積される。

5辺・6辺の図形でぴったり出発点に戻れる人は、コンパス123 が体に馴染んだ証拠です。

この練習の利点は、どこでもできる ことです。

  • 自宅のリビング(歩幅を縮めて、3歩・3歩・3歩でも可)
  • 近所の公園
  • 河川敷
  • 学校・職場の駐車場

雨の日、室内でやってもいい。10分あれば1セットできます。

(練習シートの正式な紙面と詳しい使い方は、コンパス使い方練習シート と、教材集の Step 3 でダウンロードできます)


練習3:通勤路で方角を意識する ── 日常を読図訓練場に

みっつめ。これは練習というより、くせをつける話
くせ?
歩いてるとき、『今、自分は北を向いてる』って意識する。それだけ

ケンタは少し戸惑った顔をした。

それで何が変わるんですか?
方角の感覚が、すこしずつ育つ。山では『東に下る尾根』『南向き斜面で日当たりがいい』とか、方角の話がよく出てくるでしょ。日常で方角を意識してない人は、それがピンとこない

最初は、家を出るときに「玄関は南向き」と確認するくらいでいい。駅まで歩く道の途中で「次の交差点を東に曲がる」と口に出してみる。スマホのコンパスアプリで答え合わせをする。

これを数週間続けると、見慣れた街でも、方角が前提として頭に入ってくるようになります。

山に入ったとき、地図の方角と現実の方角を頭の中で重ねる作業が、ぐっと軽くなる。

方角の感覚は、機械的な訓練というより、生活習慣として身につけるものです。


もうひとつ:行動中の地図の持ち方

あと、地図の持ち方も大事だよ
持ち方?
山では、ザックの底に入れちゃダメ。すぐ取り出せる場所で

地図を出すのが面倒くさいと、それだけで読図の頻度が落ちます。プロローグで出てきた「道迷いは、技術じゃなく『面倒くさい』で起きる」── 地図の持ち方は、その第一防衛線です。

定番の2パターン:

  • 胸ポケットに折りたたんで入れる
  • ザックのショルダーストラップに地図ホルダー

どれでも構いません。共通するのは、立ち止まったらすぐ取り出せる位置に置くこと。そして、指で「今ここ」を押さえる癖をつけると、何度も場所を探す手間が減ります。


振り返ってみよう ── ケンタの歩み

ユキはお茶を飲み終わって、ケンタに尋ねた。

ケンタ、プロローグで初めて地形図を渡されたとき、何て思った?
ぐにゃぐにゃの線、なにこれって
今、もう一回見たらどう?

 

ケンタはザックから今日使った地形図を取り出して、改めて開いた。

あー……。等高線が立体に見える。尾根と沢が分かる。ここが急斜面で、ここがコル。整置の方向も分かるし、現在地もだいたい範囲で言える。
うんうん
コンパス123 もできる。出発前に磁北線も引けるし、エスケープルートも頭に入ってる

ケンタは、自分の口から出た言葉に、自分で少し驚いた顔をした。

成長したね

プロローグで渡した合言葉は「読めなくていい。今日のところは」でした。

Step 5 まで来た今、ケンタは地形図を開いて、自分の言葉でその中身を語れるようになっています。

完璧に読めている、わけではありません。地図記号も全部覚えていないし、応用技術もこれから。

でも、「読図とは、地図を読むのではなく、考えること」── 最初に渡したこの定義に、ようやく実感が伴うようになった。

ここまで来たら、ストーリーで学ぶ読図、という意味ではゴールです。


Step 5 のまとめ

練習方法 やる場所 やること
① 歩幅を測る 公園・河川敷の10m 普通に歩いて何歩か数える。距離を体感に
② コンパスで図形を歩く 室内・公園 三角形 → 四角形 → 五角形と難易度アップ
③ 方角を日常で意識 通勤・買い物 「今、北向き」「東に歩く」を口に出す
(継続) 出発前夜の机 Step 4 の準備を毎回繰り返す

知識を技能に変えるのは、地味な反復です。でも、ひとつでも今日から始められます。


コース完走おめでとう

コース完走

プロローグから Step 5 まで、お疲れさまでした。

「ストーリーで学ぶ読図」、初めの一歩はこれで一区切りです。

ここから先は、もっと深く学びたい方への扉が開いています。


次のStepへ ── 応用編

Step テーマ
プロローグ 山の地図って、なんだろう?
Step 1 地図が立体にみえる
Step 2 地図を山に重ねる
Step 3 コンパスを相棒にする
Step 4 出発前にコースをなぞる
Step 5(今ここ) 体で動かして覚える
応用編 Step 6 なぜ人は道に迷うのか
応用編 Step 7 迷ったその瞬間、何をするか

「ストーリーで学ぶ読図」を完走したあなたへ、応用編の扉です。基本ができている人ほど、道に迷う心理と地形があります。三大道迷い地形心の罠を見ていきます。

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