Step 6 なぜ人は道に迷うのか

予習クイズ ちょっと予習クイズ

ユキがケンタに聞きました。

ケンタ、人が山で道に迷う一番多いパターン、知ってる?
えーと、地図が読めない人?
うーん、ちょっと違うかな

大丈夫。Step 6 を読み終わるころには、こう答えられるようになります。

「迷う人は、特定の地形と、特定の環境で迷う」── そして、その地形には3つの典型パターンがあると、自分の口で説明できるようになります。

それが Step 6 のゴールです。


初心者編(プロローグから Step 5 まで)で、ケンタは地図・整置・コンパスという基本三点セットを手に入れました。技術的にはもう、初心者向けの山なら自分で読図できる土台ができています。

ここで Step 6 は、ガラッと話が変わります。

道に迷う人の大半は、技術が足りなくて迷っているわけじゃない。

これが、私が何百件もの遭難事例を集めて行き着いた、ちょっと不思議な結論です。「等高線が読めなかったから」「コンパスを使えなかったから」── そう書かれた遭難報告は、実はそんなに多くありません。多くの人は、地図もコンパスも持っていて、必要があれば読める。それなのに迷う。なぜか。

答えは、人を道から外す側 ── 地形・環境・心理 ── にあらかじめ「迷いを誘うかたち」が用意されているから、です。Step 6 では、その中の「外側の条件」── 地形と環境を見ていきます。続く Step 7 で、それを覆い隠す心理と、気付いた瞬間の行動を扱います。

技術の話じゃなく、自分の周りで起きていることに気付ける目を養う、そんな Step です。


三大道迷い地形

鳳来寺山にて

ケンタとユキは別の日、新城市の鳳来寺山に来ています。本宮山より少し複雑な地形で、尾根が枝分かれしている場所がいくつかある。

1425段の石段を登り、本堂に参拝した後、山頂部の瑠璃山を経由して下山に入った。下りに入ったところで、ユキが立ち止まって地図を広げた。

ケンタ、ここから先、3つだけ覚えておいて
3つ?
下りの尾根分岐、急に道が曲がる場所、ピークから下る場所。この3つで道迷いの大半が起きる

ケンタは地図を覗き込む。下山路の途中に、たしかに尾根が二股になっている場所があった。

ここ、要注意。何も考えずに歩いてると、間違ったほうに乗り換えちゃう
乗り換える?
正しい尾根から、隣の尾根に。気付かないうちに
え、だってちゃんと尾根を歩いてるのに…
尾根は山頂から裾野に向かって枝分かれしていくでしょ。下りは選択肢が複数あるの。しかも歩きやすい方を選びがち

ユキはペンで地図の二股に小さな丸を書き込み、地図をたたんで歩き始めた。


道迷いが起こる地形には、はっきりとした共通パターンがあります。私が遭難事例を整理してきた中で、繰り返し出てくる三つを 三大道迷い地形 と呼んでいます。

1. 下りの尾根分岐

下りで尾根が二股に枝分かれする地形図

最も多いパターン。「登りは収束し、下りは発散する」という地形の性質が原因です。

登りの場合、尾根は山頂に向かって一本に集まっていくから、自然と正しい方向へ導かれます。逆に下りでは、尾根が裾野に向かって何本にも枝分かれしていく。少しでもボーッと歩いていると、何も考えずにそのまま直進してしまい、間違った尾根に乗り換えていることに気付かない。

え、ちゃんと尾根を歩いてるのに迷うんですか?
そう、歩きやすい方を選んじゃうの。本人は迷ってない気でいる

やっかいなのは、地図上ではしっかり分岐に見える二股が、現地では「ゆるい二股」「目立たない分岐」として現れることが多いことです。標識もなく、踏み跡もどちらにもうっすら付いている。気付いてくれと言わんばかりの分岐ではない、ということです。

しかも、間違った方の尾根のほうが、最初は道がはっきりしていたり、誰かが付けた赤テープがあったりすることまであります。「正しい道はあっち、踏み跡が濃いのもあっち」のような単純な対応関係は、現地では成り立ちません。

実例として ── 本サイトの「過去の道迷い遭難事例集」226 二子山遭難(2022年11月)は、はっきりした尾根から丸みを帯びた不明瞭な尾根へ地形が変化したところに、道のわずかな曲がりが重なって、そのまま直進してしまった事例です。「尾根がぼやけてくる場所」と「道がわずかに曲がる場所」── このふたつが同じ地点で重なると、高い確率で道迷いが起きる事例を私は何度も見てきました。地図でこのふたつが重なる場所を出発前に見つけ、現地で意識する。これだけで、二子山型の道迷いは大きく減らせます。

2. 道が急に曲がる

尾根の上を登山道が90度曲がる地形図

尾根上を歩いてきて、登山道だけが急に90度曲がるパターン。地形は尾根が続いているので、何も考えていないとそのまま尾根を直進してしまう。地形と道がここで「別れる」、というのが一番の特徴です。

地形は続いてるのに、道だけ曲がる?
そう、地形と道が別れる場所。地形につられて直進しちゃう

出発前に地図を見て、「あ、ここで道が曲がる」と頭に入れておくだけで、現地での見落としはぐっと減ります。

落ち葉が積もっている時期や、ガス・雨で視界が悪いときは特に発生しやすい。「道が曲がる前後で違和感を持てるか」が分かれ目になります。違和感の中身は、たいてい「足下の踏み跡が薄くなった」「正面の地形が、登山道の続きにしては傾斜が強い/緩い」── このあたりです。

実例として ── 192 ニュウ遭難(2023年10月)は、下りの登山道で道が急に曲がっているのに気付かず、そのまま尾根を直進して下ってしまった事例。「道が急に曲がる」道迷いの中で、もっとも多いパターンの代表例です。下り+曲がりの組み合わせは高い確率で道迷いが発生しやすいので、特に意識して地図を確認したいところです。

3. ピークからの下り

ピークから複数方向に下る尾根の地形図

意外と多いのがこれです。ピークに着くと達成感で気が緩み、来たときと違う方向への分岐を見落とす。特に、ピークで進行方向が大きく変わるルートでは要注意です。

ピークって、なんかゴール感ありますもんね
そこが罠。ピークで一度コンパスを取り出す習慣をつけて

「ピークに着いた → 来た方向の反対へ進めば下山」と無意識に思い込んでしまい、実際には90度違う方向に下らなければいけないのに気付かない。

対策はシンプルで、ピークでひと呼吸入れたら、ザックを下ろす前にコンパスで進行方向を確かめること。地図アプリを使う人なら、ピークから少し下ったところで一度、現在地を確認するだけで、多くの間違いは防げます。

実例として ── 228 小持山遭難(2022年6月)は、武甲山へ向かうため進行方向を北側に変える必要があったのに、ピークからそのまま直進して西側の尾根へ迷い込んだ事例。ピーク道迷いの中では、この「直進」パターンが最も多く出てきます。本来90度近く方向を変える必要があるルートだったわけですが、ピークでは「達成感」と「視界の開け」によって、地図確認の優先度が一段下がる。だから、ピークでこそコンパスを取り出す習慣が効きます。

補足:登りでも迷うことはある

道迷いは下りで起きるのが圧倒的多数ですが、登りでも油断は禁物。愛知県の猿投山では、登りで「東昌寺から歩いてきた方向のまま、道なりに直進してしまう」道迷いが繰り返し発生しています(YAMAP「2021年 日本一迷いやすい登山道」にも選出)。三大道迷い地形は下り中心ですが、「自分が来た方向の延長で何となく進む」癖は、登りでも同じように働きます。

今みてきた、下りの尾根分岐、道が急に曲がる、ピークからの下りの3つには共通した特徴があるけど、何かわかる?
うーん。なんだろう?何も考えていないとか?
すごい。正解。
よしっ!
多くの道迷いは、Step 2 で扱った ナビゲーションサイクル(先読み → ルート維持 → 現在地把握) の「先読み」ができていないから起きるの。だから、地図の先読みがとても大事!
なるほど。気をつけないといけないですね

ちょっと確認 ちょっと確認

三大道迷い地形、3つとも言える?

答えは

① 下りの尾根分岐 / ② 道が急に曲がる / ③ ピークからの下り

3つに共通するのは、「何も考えずにそのまま直進してしまう」場面。

逆に言えば、「ここは三大道迷い地形のひとつだな」と気付けた瞬間に、その3つは半分回避できます。


地形が見えなくなるとき

落ち葉の道で

11月、再び鳳来寺山。今日は晩秋で、落葉樹の葉が登山道を覆い隠している。

道、みえないですね、全部茶色で…
分かりにくいよね
踏み跡がほぼ消える
こういう時って、何を頼りに歩くんですか?
地形と方向。今いるのが尾根の上なのか、斜面のトラバースなのか、頭で意識し続ける

道のはずの場所と、ただの斜面の境界が、落ち葉の下で曖昧になっている。ケンタは何度か立ち止まって、地形を意識し直しながら、ユキの足跡を頼りに歩く。


登山者は普段、足下の登山道を見ながら歩いています。ところが落ち葉・藪・残雪・ガスによってこの「足下の手がかり」が消えると、頼れるのは地形と方向だけになります。読図が本当の意味で主役になるのは、まさにこの瞬間です。

環境 起こりやすい時期 注意点
落ち葉 秋〜初冬 踏み跡が消える。地形と方向で歩く
夏〜手入れの少ない山 視界が狭い。方向を意識し続ける
残雪 春〜初夏 トレースが正しいとは限らない
ガス・降雪 通年 立ち止まって地図とコンパスで確認

どの環境にも共通するのは、「登山道に頼る歩き方」から「地形と方向を頼る歩き方」への切り替えが必要になるという点です。

Step 2 で覚えた「現在地は範囲で把握する」「先読みする」が、ここで効いてきます。

道が見えないなら、今いるのが尾根なのか・沢なのか・斜面のトラバースなのか、それを意識し続ける。これだけで、大きく外すことは少なくなります。

尾根・沢・トラバースを意識して歩くイメージ


Step 6 のまとめ

冒頭の問いに戻ります。

「人が山で道に迷う一番多いパターン、知ってる?」

知ること 内容
三大道迷い地形 下りの尾根分岐 / 道が急に曲がる / ピークからの下り
環境要因 落ち葉・藪・残雪・ガスで道は見えなくなる
共通の対策 「ここは三大道迷い地形」「今は道が見えにくい」と気付ける目を持つ

道迷いは、技術の問題というより、「気付ける状態を保つ」問題です。

そしてもうひとつ。遭難事例を眺めていてつくづく感じるのは、地形・環境・心理が、たいてい同時に襲ってくる、ということです。実際の遭難事例には、こんな複合パターンが繰り返し出てきます。

  • 下り + 落ち葉 + 道が曲がる
  • 残雪期 + スマホ紛失 + 情報不足
  • 出発が遅い + 単独行 + 地図なし

下りの尾根分岐で(地形)、落ち葉に踏み跡を消され(環境)、そこに「気がする」が乗ってくる(心理)── 一つひとつなら気付けたはずのものが、重なった瞬間に判断を奪われます。地形と環境がここまでの話、心理は Step 7 で扱います。

「あれ、これあの話だな」と気付ければ、複合の鎖が一度切れます。Step 6 を読み終わったあと、次の登山でそんな瞬間が一度でもあれば、Step 6 は成功です。


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Step テーマ
プロローグ 山の地図って、なんだろう?
Step 1 地図が立体にみえる
Step 2 地図を山に重ねる
Step 3 コンパスを相棒にする
Step 4 出発前にコースをなぞる
Step 5 体で動かして覚える
応用編 Step 6(今ここ) なぜ人は道に迷うのか
応用編 Step 7 迷ったその瞬間、何をするか

地形と環境を知っただけでは、まだ道迷いは防ぎきれません。山では、その気付きを覆い隠す心の動きが、必ず起きるからです。Step 7 では、その心理と、「あれっ?」と感じた瞬間の行動を見ていきます。

寄り道(読み物として)

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