塩見岳 蝙蝠尾根

★ 山行名 【塩見岳 蝙蝠尾根】
★ 年月日 【2001年12月29日~2002年1月2日】
★ メンバー【上田、田中、岩瀬(蒲郡山の会)】
 冬合宿で6日間かけて苦労してトレースしたことで語り草になっている蝙蝠尾根。1976年年
末の冬山合宿なので、あれから丁度25年。いつかはトレースしてみたいと思っていたので、提案
したところ賛同者が出てくれた。おまけに三伏峠からのピストン隊も出てうまくいけば合流できる
とあって、久々に大勢参加の集中合宿となった。

12月28日 
 19時前にJR豊橋駅に集合。19:07の東海道線の鈍行に乗る。浜松、静岡、富士で細かく乗
り継いで、身延線で最寄の下部温泉駅で降りる。22:50に着く。地元の山交タクシーは閉まっ
ているので、早川町のタクシーを明朝6時に予約して駅ビバークとする。一杯ひっかけて、座布団
の置いてあるベンチを移動させて快適にシュラフに潜り込む。
12月29日
  晴れ時々曇り 5時半起床、6時にタクシーが来て途中コンビニで朝飯を仕入れ、早川沿いに新
倉の田代まで入る。本道と別れると雪が残っているが、しばらく頑張って入ってくれる。タクシー
代10300円。お礼を言って雪が融け残った林道を歩き始める。7時20分ごろ出発し、20分ほど
で発電所通過。しばらくして車が2台ほど停められる場所から登山道に入っていく。内河内沢の左
岸伝いの登山道をひたすら進む。徐々に沢が狭まってきて鉄の小さな橋や階段がかけられている。
岩がせり出した所で大きなつららが発達したり、下がつるつるに凍っていたりするが大した悪場も
なく通過していく。意外と時間を食い、9時半に東京電力の保利沢小屋を通過。10時15分に尾
根の取りつきに着く。ここまでは思ったほど雪は無く、歩く障害になることはなかった。冬晴れで
ぽかぽかと暖かい。尾根からは適度な勾配のつづら折りで高度を上げて行く。一度休憩を入れてか
ら左の按部に向けてトラバースしていくと転付峠であった。12時着。正面には荒川三山の大きな
塊、右には蝙蝠尾根の黒々とした樹林の尾根とその左におそらく蝙蝠岳が見えた。峠には二軒小屋
付近からは林道が上がってきて横切っている。下りは日陰に入り、積雪が急に増える。急降下して、
13時に二軒小屋に到着。他の二人は初めてとのことだが、私は二度目。10年あまり前に夏山合
宿で北久保、小田の三人でロッジに泊まって荒川、赤石を登り百間洞を下降、裏赤石沢を遡行した
ことを思い出す。山小屋が開放になっているのでさっそく使わせて頂く。テーブルのある板間の奥
は両側が畳が敷かれている。取り付まで偵察に行く。千枚岳への取りつきがここ三年程の崩壊によ
り変更になっている。右へ回りこみ田代ダムから二軒小屋トンネルを通過すると左に千枚岳への取
りつきがある。正面が蝙蝠尾根の末端で正面には林道があり、蝙蝠尾根の取りつきは橋を渡って右
へ取り大井川東俣の右岸を500m程進むと道標があった。25年前の時には夏道は無く、末端の
岩場からとりついたとのことで、見ると結構苦労しそう。夏道が使える我々は楽をさせてもらえる。
小屋に戻ってすき焼き。焼酎、梅酒も飛びだし、初日の夕食となった。暗くなってからもう1パー
ティ到着。荒川から赤石へ行くとのこと。小屋のノートには今日蝙蝠尾根に自衛隊の三人パーティ
が入山しているとのこと。トレースがあるということでほっとしたような、残念なような。8時半
にはシュラフにもぐりこむ。

12月30日 前夜より雪
 4時起床。小屋の中で気付かなかったが夜半から雪が降っていて小屋付近で2~3cmの新雪。
6時10分薄明かりの中、ラテルネで半ピッチで取りつきに着く。結構急な斜面で岩や木の根っこ
にふんわりと新雪が積もり滑りやすい。小1時間で尾根に登り着き1637mの三角点。二ピッチ目で
取りつきから見えた5階建てのビル位はあろうかというコンクリートの建造物が現れる。電力関係
のものだろうが人気の無い尾根上に異様にそびえている。階段を登りまたひっそりとした痩せ尾根
に戻る。雪がしんしんと降り続く中、くるぶし位の積雪をひたすら高度を上げる。次第に尾根が広
くなって行くとともに積雪と風が増してくる。岩瀬さん先頭でいいペースで進む。夏道や昨日のト
レースは風雪で全く消えているが、赤ペンキや赤布で夏道と分かるので藪漕ぎが無いのはありがた
い。2410m付近の小ピーク付近を11時に通過するといきなり積雪量が増え、股下まではまるよ
うになったので、ようやくワカンを着ける。交替でラッセルしようとするが、先頭の岩瀬さんが依
然としてパワフル過ぎて二番手で行ってもはーはーぜーぜー。おまけに田中は腹具合が悪いようで
調子が出ない。共同装備を再配分して頑張ってもらう。ワカンを着けてからはやはり時間を食った。
今日の目標の徳右衛門岳(2599m)まで標高差200m程なのだがアップダウンとラッセルで
時間がかかる。天候も大荒れになり吹雪となり、樹林の中でも時折目を開けておれない位のブリザ
ードで気温も-17度と下がる。相変わらず岩瀬さんが先頭で頑張ってくれる。徳右衛門岳手前で自
衛隊パーティ三人が下山してくるのとすれ違う。徳右衛門岳の少し先で昼過ぎまで停滞していたが
あまりにも天候が大荒れなのと日程不足で、敗退してきたとのこと。ワカンも持っていない様子だ
った。徳右衛門岳に15時に到着。ピークの50m程東の樹林の平らな部分にテントを張って落ちつ
く。-20度近くの低温のためダンロップテントのポールのゴムひもがまたしても伸びきってしまい
修繕する羽目となった。今日の夕飯はベーコンとキャベツ、人参たっぷりのコンソメスープ。ご飯
もたっぷりで満腹となった。

12月31日 快晴
 3時50分起床、雑炊を食べて6時10分、ラテルネにて出発。朝からワカンを装着して出発。
今日は田中も元気そうで三人でザックを背負ったまま交替で膝上から股下程度のラッセル。まづま
づ快調に痩せ尾根の下りと緩やかな登り。白根南嶺から朝日が射して雪面がピンクに染まり、また
荒川の山も樹間に見え隠れして美しいがゆっくりと眺める余裕も無くひたすらラッセルを繰り返す。
2581mピークまでは7時40分と快調に進み、ここから尾根が広くなり二重山稜になっている。
夏道の赤ペンキが風下側つまり尾根の右手側に付けられているために積雪が更に増す。先頭がザッ
クを置いてラッセルというスタイルに変えて交替しながら進む。先頭は股下から腰までのラッセル、
二番手はザックを背負っているので先頭のトレースがあっても腰位まではまり、先頭に着いて行く
のが苦しい。空は快晴、南アルプスらしい針葉樹の静寂の中を我々三人だけが深い雪と戯れている。
何とも滑稽だが雪との格闘がいつ果てるとも無く続く。苦しんでいるのか楽しんでいるのかさえ分
からなくなる。こうなればあせってもしようがないので腰を据えて三人で頑張った。25年前の記
録での倒木帯付近は、時折低木の上のすかすかの雪面に乗っかって胸まではまる以外は顕著な倒木
帯は既に無さそうで助かる。11時、2670m付近の平坦部に着くと少し先に岳樺の林が見え出
し、おそらくあれを越えれば2721m三角点の森林限界の頭に違い無いと希望が沸く。雪原には
カモシカらしきトレースがあるが、赤ペンキをひたすら追いながらラッセルする。






ラッセル終了!

12時頂度、ようやく2721mの森林限界の頭に出る。風が出てきて冷たく、荒川三山が逆光を
浴びて雪面が輝いて素晴らしい。シーバー交信を試みるが塩見のピークは蝙蝠岳の枝尾根に隠れて
見えないせいか応答無し。携帯電話も圏外とのことで諦める。栄養補給をし出発。這い松帯で少し
の間ラッセルがあったが、ここで1日あまりつけたワカンを脱ぐ。結構へばってくる中、頑張って
大きな蝙蝠岳(2865m)に1時45分に通過。少し痩せた雪稜と岩稜を下って岳樺のある最低
コル(2715m付近)の舟窪に到着(14:30) テントを張る。目の前のピークまでトレー
スを付けに上がった。






蝙蝠岳より塩見を望む

 夕飯はマ―ボ春雨をたらふく食べて大晦日の夜となった。20時にシュラフにもぐると直後から
強風が吹き荒れた。この風では明日は厳しいなあと思いながら何度も目が覚めた。

1月1日 曇り後雪 強風
4時に起きたが相変わらずの強風のため、もう一度寝袋に入って様子見。6時には少しましにな
ってきて行動可能かと思われたため、朝食とする。具たっぷりの味噌汁にすぐにやわらかくなる薄
手の餅を入れて雑煮とし、ラーメンとともに朝食とした。新年の清新な気分というよりは、この強
風で塩見越えができるかなあという重苦しさがただよう。天気予報では日本海に発達中の低気圧が
あって、寒冷前線が九州北部に伸びており、近畿地方は午後から、中部地方は昼過ぎから雨または
雪とのこと。強い寒気が今回は太平洋側まで南下するとのこと。午前中が勝負とみてそそくさと支
度をし8時に出発する。既に荒川や白根三山方面は頂上付近からガスに覆われて来ているが、何と
か行動できそうな天気である。アイゼンを着けて昨日トレースをつけた軟雪の斜面を上がると後は
クラストか雪がほとんど吹き飛ばされた斜面である。2758mピーク以降徐々に風が強まり時折
耐風姿勢を取りながら進む。一瞬の突風ですぐ前を歩く田中のからだがふわりと浮いて転倒。広い
斜面で大事は無いが膝を少しぶったようだ。
 9時半に2920mピークに着く。雪が豊富で掘って整地すればある程度の風でも幕営できそう
である。暖かいお茶と行動食を食べ出発。ここから、主脈の縦走路までが核心部であった。細い雪
稜は左側に雪庇が張りだしており、ピッケルとバイルを使いながら右側をトラバースしながら進む。
両側がすっぱりと切れ落ちた岩稜を注意深く進む。時折吹く突風で立ち止まりながら慎重に登り、
10時40分に縦走路とのジャンクション着く。10年ほど前の冬に仙丈から縦走した時よりもか
なり雪が多く雪庇も張り出している。風は大分収まったがガスで本峰はかすんでいる。蝙蝠尾根か
ら見る塩見は雪がたっぷりとかぶり北俣尾根を左側に従えて女神のように優美な姿だったが、ここ
から見る塩見は北面のバットレスが印象的で不動明王のように怖い顔を見せている。いったん最低
コルまで下ると少し尾根も広くなり後は徐々に高度を稼ぐだけである。岩瀬さんは当然元気がいい
が、田中はかなり憔悴した様子で表情もさえない。激を飛ばしながら気合を入れる。天気が荒れた
りして条件の悪い時に平静を保ち、普段の力を出していくのが若い田中の今後の課題だ。






塩見頂上にて

 12時丁度、塩見東峰に到着。時を同じくしてどんどんと西峰に登って来る登山者。先ほどより
少し展望が回復する。他の登山者に記念撮影をお願いし、暖かい飲み物を分かち合い、行動食を食
べてそそくさと下りに入る。雪雲が周囲の峰峰を覆い、天候悪化は間近に思えた。天狗まで注意し
て下り、塩見小屋まで一気に下降する。13時着。小屋には人が入っているようで煙突から煙をく
ゆらせている。ひとまづ安全地帯でほっとする。






塩見小屋から本峰と天狗の岩峰

 登山者が作ってくれた高速道路(実は豊川の三伏峠ピストンパーティが先頭で小屋の下までラッ
セルしてくれたと下山後に知る)のお陰で何とか三伏峠まで頑張ることができた。14:20、2
512m地点通過。この後、強い冬型の影響が出てきて深深と降雪。本谷山15:10通過。最後
の三伏山のだらだらを登って16:50に三伏峠に到着。夕闇直前のため、冬季開放小屋(三伏山
に近い方の建物の北側の1階)に入る。15畳位の天井の低い部屋の半分を使わせてもらう。夕飯
は五目御飯(アルファ米)、高野豆腐、春雨サラダ、スープ。お酒が無いのが寂しいがたらふく食
べることができた。小屋は結構冷えた。
 
1月2日 降雪 -15度
 5時起床で7時半に出発して塩川方面に下山する。途中、鳥倉林道側にも少しトレースがあった
が、斜面やトラバースが多そうなので結構苦労するのでは無かろうか? 一気に下って塩川小屋
9:45着。小屋に顔を出すと初めてお会いするおじさん1人だけで、樺沢小屋も今年の冬は人が
入っていないとのこと。いつものおばあちゃんには出会えなかった。しかも道が今工事中で鹿塩温
泉くらいまでしかタクシーは入らないとのこと。そこで前後して歩いた登山者(2人でワゴン車)
に声をかけたところ送って頂けるという返事。途中の鹿塩温泉も同行させてもらって(600円)
さっぱりして伊那大島まで送ってもらう。お二人は神戸の労山のあるクラブだそうで、謝礼も受け
とられなくて申し訳なかったが、とても有りがたかった。飯田で特急に乗り換えて帰豊した。豊川
17時着。

<感想:上田>
 いつかは歩きたいと思っていた蝙蝠尾根を無事トレースできた。3人という少人数ではあったが、
何といってもスーパーマン岩瀬さんのパワーのお陰で頑張ることができた。南アルプスの深い針葉
樹林の尾根で、ラッセルが最も深くなる2300~2700m位の高度がいつ果てるとも無く続く
蝙蝠尾根は実に南アルプスらしいルートだった。夏道も無く、夏、秋の2度にわたる偵察、未曾有
の豪雪とすごい条件の下で6日間雪と格闘した25年前の合宿とは比べられないが、我々なりに充
実した合宿を楽しむ事ができた。最終的には会えなかったが、三伏隊が塩見を目指してくれている
というのは気分を盛り上げてもらってありがたかった。また、これからも東三、そしてクラブの仲
間とともに充実した合宿山行ができればと思っている。

<感想:岩瀬>
蝙蝠尾根の下部では、かんじきを付け、空身でラッセルをするも腰~胸までの雪のため、なかなか
ピッチがあがらない。尾根では、新雪が積もってリッジとなった個所を馬乗りなって恐る恐るいざ
ったり風速20~25mの風に翻弄されながらの尾根歩きと変化に富んだ冬山を十分楽しむ事ができた。

・年末年始の山行はどうしようかと悩んでいたところ
豊川山岳会/上田さんから、南ア/塩見岳・蝙蝠尾根のお誘いがあったので
二つ返事で参加させていただくことにした。
・山行は、樹林帯での腰から時には胸までのラッセルや
悪天の中、風に飛ばされそうになりながらの稜線歩き
そして新雪が積もり、不安定となった尖がったリッジを恐る恐る、いざったり・・・
近年に無い楽しい山行を、上田氏、田中氏と分かち合うことが出来ました。
ありがとうございました。
・最終日の朝(三伏峠/冬期小屋)、少し無理に体をまわしたら「ゴキ・・・」の音と共に
「ぎっくり腰」になってしました。なんとかごまかしながら下山しましたが
「自分も歳をとったもんだ。無理しちゃ-いかんなあ」と反省しています。
・また、おもしろ山行があったら、声をかけていたたければうれしいです。

                                ―記・上田―








この記事を書いた人

愛知県豊川市に拠点をおき、奥三河の山々をホームゲレンデに、四季のアルプスのピークハント、縦走、ロッククライミングから沢登りとオールラウンドな山登りをしています。
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