「試練と憧れ」の剱岳 チンネ左稜線登攀

【分類・山域】クライミング 剱岳 チンネ 左稜線 【記】中川
【日時】2020年8月13日(木)~8月15日(土)
【メンバー】中村冴、L中川
【天気】13(木)雷雨後晴(強風)、14(金)晴(微風)、15(土)ガス時々雨(強風) 雷鳥沢より下は晴れ

【行程概要】2泊3日
立山駅→ 室堂→ 剣沢テント場→ 剱岳ピーク→ 北方稜線→ チンネ左稜線登攀→ 折り返しピストンで立山駅

【行程詳細】
12(水)
1930 豊川
2430 立山駅駐車場
13(木)
0650 立山駅ケーブルカー、美女平バス
0800 室堂(作戦会議)
1200 剱沢テント場(作戦会議・テント設営)
1800 就寝
14(金)
0100 起床
0200 剱沢テント場
0500 剱岳ピーク
0715 池ノ谷乗越
0800 三ノ窓
0900 チンネ左稜線取付
1300 チンネの鼻
1500 チンネの頭
1800 剱岳ピーク
2100 剱沢テント場
15(土)
0600 起床
0830 剱沢テント場
1200 室堂
1400 立山駅
1500 立山吉峰温泉
1930 帰豊

【序】
はじめに今回パートナーの冴岐さんには感謝しかない。ありがとうございます。また今回、私の調整力不足で一緒に行くことが出来なかったメンバーには大変申し訳なかったと思っています。ごめんなさい。

山岳会に入ってからクライミングを始め、1年ちょっとで北岳バットレスに連れて行って頂き、2年目にはその北岳バットレスに自分で計画を立ててメンバーと楽しく登ることが出来た。そして3年目の今年は「チンネ左稜線」への挑戦。

「チンネ左稜線」このフレーズを耳にしたのは2年前くらい。恥ずかしながら何の事だかさっぱり分からなかった。調べていくうちに徐々に「憧れ」を抱いていった。
ただその時の自分の実力で挑戦するなど到底無理であった。ホームゲレンデ立岩で地味なトレーニングをしたり、会の先輩方に瑞浪や御在所に連れて行って頂き登攀技術・確保技術を教えて頂いたりした。また東海道53次ウォーキングで持久力と忍耐力を鍛えて準備をした。
何度も登山計画書を作成したが天候不良などでことごとく流れ、初めて計画書を出してから今回の実行まで既に1年2カ月が経っていた。もう何度もチンネを登っているかのような錯覚に陥っていた(笑)。
今思えば剱が「お前にはまだ早い」と言っていたのだと思う。
さて、今回は立山駅までは来ていいと認めてくれた剱だが、「チンネ登攀」まで認めてもらえたのか?

【登攀装備】
ロープ:50m×2本
アルパインヌンチャク:12本
カム:キャメロット#0.2、0.3、0.4、0.5、0.75、1、2、3の8本
スリング:シングル×2本、ダブル×2本
各自:終了点セット、セルフセット、ハンマー、アイゼン、ピッケル、30リットル程度のサブザック
通信機器:トランシーバー

【その他装備メモ】
シュラフ:3シーズン用+シュラフカバー、テント:二人だが荷物スペース取って3人用テント、食料はすべて各自。

【本文】
■立山駅前泊
午前零時を過ぎて立山駅駐車場に到着し、いよいよ「チンネ登攀」が現実味を帯びてきた。「憧れ」がすぐ近くにあると想像しただけで興奮で眠れない・・・と思いきやあっという間におやすみなさい(笑)
どれくらい時間が経ったのかわからないが、暗闇で拍手をしたり、無言で窓ガラスを叩くパートナー・・・。そっとしておこう。しかし長い儀式だ。耳を澄ますと「5匹目だ」。いったい何をやっているのだろう。
気になって眠れなくなってきた。もしかしてヤバイ人なのか?勇気を振り絞って聞いてみたら、蚊と闘っているという。きっとこれも「試練」というやつだろう・・・。
ん?5匹も仕留めたのに気付かない私は・・・?(笑)

■立山駅~剱沢テント場
初日のアプローチでは雷雨と強風。さらに剱沢から先の雪渓の状態が悪く、予定していたルートでは熊の岩に行くことが出来ない。プラン変更を余儀なく迫ってきて拒絶感が半端ない。
雨の中、剱沢テント場で作戦会議を開き停滞を決めた。テントを張って改めて作戦を考える。
①ワンデイピストン 剱沢→本峰→北方稜線→三ノ窓→チンネ→北方稜線→本峰→剱沢のワンデイピストン
②1泊ピストン 剱沢→本峰→北方稜線→三ノ窓ビバーク→チンネ→北方稜線→本峰→剱沢の一泊コース
悩んだが①を選択した。雨も上がり剱岳も見えた。いよいよ明日だ。食事を摂り早々に就寝。

■剱沢テント場~チンネ取付き
深夜1時に起床。風はおだやかで星が見える。ワンデイピストン決行だ。ペルセウス座流星群を観察する人を横目にテント場を発つ。
剱岳のピークで御来光を拝み、先へ進む。なんちゃって百名山ハンターのパートナーはまたひとつゲットだ。

ピークを過ぎ北方稜線に入ると途端に足元が悪くなる。落石や滑落に注意しながら進んだ。
ほぼ予定通りの時間に池ノ谷乗越に到着。いい景色だ。池ノ谷ガリーの下りは落石に細心の注意を払いながら下っていく。先行者や後続者が居たら危険度は一層高まるだろう。
足元の小石が谷底に落ちていくとその小石で止まっていた上の拳サイズの石が動き出し、さらにその上の頭サイズの石が滑り出し雪崩のように谷底に向かって音を立てて転がり落ちていく。自分の足元より上の岩が引きずり込まれるような落石は初めてだった。
予定より少し遅れたが三ノ窓に到着。素晴らしい景色だ。チンネ左稜線の取付きも見える。先行パーティーが2組見えた。雪渓はあるが上部を高巻けそうだったのでアイゼンを着けずにガレ場を進む。思ったより悪く、途中からはアイゼンを着けて雪渓をトラバースした。
取付きで準備をしていると後続パーティーが三ノ窓に見えた。彼らは雨の中私達と同じ時間に同じルートで剣沢まできていたどこかの山岳会のようで、この後下山、風呂まで同じ時間と同じルートを取ることになる。

■チンネの取付き~チンネの頭(登攀時間6時間)
いよいよ登攀開始。1ピッチ目はパートナー。その後はつるべでリードを交代しながら高度を上げていく。パートナーは余裕で登っていく。私は終了点を2か所ほど間違え、中途半端なところでピッチを切ってしまった。
1年目の北岳バットレスの時に比べればルーファイ能力は上がったとは思った。あの時は山形さんに随分迷惑を掛けた事を思い出した。
登攀自体のグレードは概ね3級程度なのかもしれないが、落石をしないように注意をするのに神経を擦り減らした。また中間支点の取り方が良くないのか所々でロープの流れが悪くなった。今後の課題である。
そうこうしているとチンネの鼻に到着。しばし感動で見とれてから登り始めた。フリーで突破だ!と意気込んだものの早々にヌンチャクを掴んでしまった。冷静になれば登れたはず・・・これが今の実力という事か・・・(涙)
このピッチは他のピッチに比べハーケンが多く打ってあり、調子に乗ってヌンチャクを掛けていくとあっという間にタマ切れになる。冷静なパートナーが下から忠告してくれたにも拘わらず、タマ切れ(笑)。後半はカムで凌いで何とか終了点に到着。
素晴らしい景色、数々の「試練」を乗り越えてここまで来られたことに感動した。
パートナーは余裕で登ってきた。そりゃそうですよね、これくらいのは朝飯前ですよね(笑)
その後も高度感のあるナイフリッジのスカイライン登攀が続きます。ただそろそろ時間が気になってきた。今日のゴールは剣沢テント場。予定より若干遅れている。少し急がねば。
残りの数ピッチをこなしチンネの頭に到着。記念撮影をし、帰路を急ぐ。

■チンネの頭~剱沢テント場
懸垂は最終ピッチの終了点の少し先の這松にあるものを利用した。そこから池ノ谷ガリーに向かってパートナーに降りてもらったのだが、どうも雰囲気が違うらしい。アレコレやっている間に結構な時間を取られてしまった。
池ノ谷ガリーを登り返し、北方稜線を黙々と戻る。途中で先行パーティーを追い抜き本日2度目の剱ピーク。御来光と日没の両方を味わえるとは、ありがたや~。
すでに食料も水もほぼ無くなった。おそらく熱中症になっているのだろうが、ここで休む訳にもいかず先を急ぐ。へばった私をパートナーが引っ張ってくれる。一人だったら帰れたか自信が無い。パートナーには感謝しかない。
往路ではよく見えていた進路を示す丸印や矢印が復路では見当たらない。こうやって遭難するんだろうな・・・なんて思っていると剣山壮が近くに見えた。剣山荘で水をがぶ飲みし、剱沢の我が家へ無事帰ることが出来た。
本日の行動時間は19時間。疲労困憊だが充実感は過去最高だった。朦朧としたまま食事を済ませ、落ちるように眠りについた。

■剱沢テント場~帰豊
朝4時頃強風で目を覚ます。外はガス~小雨で強風。昨夜の内に帰ってこれて本当に良かった。テントでゴロゴロしながら昨日を振り返る。濃い一日だった・・・
6時半には警備隊と一緒にラジオ体操をした。体中が悲鳴をあげた。ふと周りを見ると風でテントが飛ばされている。警備隊が駆けつけて固定していた。
当初の予定とは全く違う行程となり、この後どうしようか悩んだが生憎の空模様なので、テントを片付け室堂へ向かった。ガスと小雨で景色は無い。昨日ワンデイでアタックして正解だった。
室堂までの途中、絶景の代わりに雷鳥が現れ癒された。
バスとケーブルカーを乗り継ぎ立山駅。車で少し下りたところの吉峰温泉で汗を流し、そばとうどんで祝杯をあげた。ふと横をみると同じ行程でチンネ登攀をしたパーティーが居た。お疲れさまでした。

↓立山駅 お盆休みとは思えないほど行列は短い

立山駅 ソーシャルディスタンスをとっているが行列は短い

↓室堂 いきなりの雷雨スタート

↓警備隊の情報板 必ずチェックすること

↓剱沢テンバ 午後は晴れて笑顔の夏山JOY

↓剱沢テンバ 夏山JOY 剱方面 残念ながら本峰はガスの中

↓剱ピーク目指して ヘッデンで登る

↓剱ピーク 御来光のタイミング 百名山ハンターは笑顔です

↓北方稜線入口 よく見たらバツって書いてありますね

↓厄介だった北方稜線

↓北方稜線の池ノ谷乗越へ向かう方向は本当に厄介だった

↓池ノ谷ガリー 余裕のふりをするパートナー

↓池ノ谷ガリー あれが三ノ窓だ!

↓三ノ窓からチンネ左稜線の取付きを見る

↓三ノ窓からチンネ取付きまでのシュルンド

↓雪渓トラバース 腰がひけてるぞ(笑)

↓雪渓トラバース 楽しくて仕方ない

↓チンネ左稜線トポ(図をクリックでPDFが開きます)

↓チンネ中央バンド手前あたり

↓チンネ中央バンドあたり

↓チンネの鼻 コレを登りに来たんだ!

↓チンネの鼻ピッチの終了点からの景色は素晴らしい

↓チンネ終盤 ちょっとガスってきた。ガンバ!

↓チンネ終盤 まだまだ体力に余裕あり

↓チンネの頭 やりました!

↓チンネの頭から池ノ谷ガリーまでの懸垂 ここでちょっと時間掛かっちゃった

↓本日2度目のピークに苦笑いの百名山ハンター

↓8/16(土)の剱沢テンバ テント少ないですね

↓雷鳥がお見送り

↓雷鳥沢キャンプ場を見下ろして笑顔!

↓剣沢テンバからチンネ左稜線ピストンのルート(図をクリックでPDFが開きます)

【感想】
予定とは大幅変更となったが、剱に「チンネ登攀」を認めてもらえたので大満足である。
「試練」が訪れるたびに考え、パートナーと相談し、判断して乗り越えていく。経験豊富な先輩方は目の前には居ない。今までに無い厳しい山行だったのは間違いなかった。
ただ、気持ち的には非常に充実していた。というのも今回のチンネ登攀は未経験者のみで臨み、剱の「試練」を乗り越えるというのが私の最大のテーマだったからである。

結果オーライだったが、ハードで危険な行程だった。正直言って今回の剱沢からの「ワンデイピストン チンネ登攀」は初見の方にはお勧め出来ない。
自分の技術や体力の限界ギリギリをちょっと超えたレベルで死にそうでした(笑)
パートナーの冴岐さんお疲れさまでした。

こんなに充実した時間と経験をさせてもらえる剱に、パートナーに、豊川山岳会に、家族に感謝。ありがとうございました。
次はヨセミテなんか考えてみたりして(笑)

【メモ】
・今回の19時間行動で持っていった水は、ゼリー飲料を合わせて1リットル弱。少な過ぎた。2リットルは必要だった。可能ならチンネの取付きあたりの雪渓で水を補給出来ると安心。
・熊の岩BCにアクセス出来るのか?雪渓の状態は?他に危険個所はないか?など事前に情報収集はしておいた方がよい。
・クライミング技術、確保技術、懸垂、登り返し、スピード、雪渓の処理、トラブル時の対応、ルートファイディング、そして何より気力と体力が必要。
・一番大事なのはトータルで信頼できるパートナーと組むこと。かな。
・参考までに近場でトレーニングするなら湖西連峰に本坂トンネルあたりから入り、立岩まで全装備を入れた60リットルザックで徒歩アプローチをする。立岩に着いたらサブザックにアイゼン、ピッケルなどを入れて15本程度登り、終わったらピストンで本坂トンネルあたりまで帰る。といった感じでしょうかね。

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